大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)1318号 判決

被告人 大嶽強治

〔抄 録〕

所論は要するに、被告人が、原判示第一の二のように被害者の救護措置を講じなかつたのは、対向車に軽く接触して自己車両のバツクミラーのみが損壊したに過ぎないと思つたためであつて、被害者に傷害を負わしめた事実は、当時未必的にもせよ全く認識しなかつたものであるから、仮に物の損壊についての認識があつたとしても、刑法三八条二項により軽い道路交通法一一七条の二第二号の刑責を問われるのなら格別、原判決が原判示第一の二の事実を認定して重い同法一一七条を適用処断したのは、事実誤認ないし法令の解釈適用を誤つたものであり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかである、との主張に帰する。

よつて記録を精査し、重ねて当審においてなした事実取調の結果も総合して審按するに、被告人は、まず本件事故発生の直後、事故現場から数百米距つた地点で、たまたま被告人車両の後方から本件事故を目撃し、直ちに追跡に移つて来た後続自動車の運転者五網文司から、いわゆるひき逃げ現行犯人として逮捕せられ、その急報によりかけつけた司法巡査田村晃に身柄を引き渡された際、同巡査に対し、酒に酔つて交通事故を起し逃走した事実を認め、次いで即日始末書を作成して同趣旨および「まことに申訳ないと思う、今後はこのようなことは二度といたさない」旨記述し、更に原審罪状認否の段階においてもまた、原判示第一の二と同趣旨の訴因をふくむ本件公訴事実全部につき、有罪である旨の陳述をし、その結果、全訴因につき簡易公判手続による審判を受けているのであるが、以上のほかには、捜査官憲に対してのみならず、原審および当審においても、一貫して原判示第一の一の被害者に対し傷害を負わしめた事実につき、当時これを全く認識しなかつた旨供述しつづけているのである。従つて、もし該供述にして真実であるとすれば、原判示第一の二の犯罪ももとより故意犯であるから、とうてい成立すべくもないことは正に所論のとおりであろう。しかしながら、当裁判所は、以下に列挙するような動かし難い諸情況から推して、被告人の右供述をたやすく措信することができないのである。いなむしろこれは、酔余一瞬の出来事で知らなかつたとする遁辞に過ぎず、少くとも当時の被告人には、右人身事故をひき起したことについての未必の故意が存したものと判断せざるを得ないのである。すなわち、被告人は、(1)本件事故発生当日、午後二時過ごろから同三時少し前ごろまでの間に沼津市東原の飲食店「みようが屋」で、次いで午後三時五〇分ごろから同五時ごろまでの間には同市東高沢町の飲食店「三平」(旧店名「若柳」)で、いずれも知人なる伊藤繁夫、鈴木春夫らとともに飲酒したのであるが、その際右両店における被告人の飲酒量は、前者では酒コツプ一ばいおよびビール約一本、後者ではビール約一本半であつたこと、(2)もつとも平素は余り酒をたしなまず、交際に支障なき程度に飲酒できるに過ぎなかつたので、本件当日の右二度にわたる飲酒量は、日ごろのそれを多少上廻り、ためにかなり時間的余裕はあつたが、事故当時においても酩酊していたこと、(3)午後五時ごろ「三平」を出て、伊藤、鈴木の両名のほか、同店の女中築地陽子も伊藤所有の本件普通貨物自動車に同乗させ帰途につくことになつたが、それはそのうち最も酩酊の程度が少なく、しつかりしていた被告人において、すでに相当酔いが廻つて運転が覚束なかつた伊藤を見るに見かね、同人に代つて自ら運転することを申し出たためであつたこと、(4)右自動車は、従前一度も運転した経験がなかつたが、間もなく同店前を発車して西方に向い、途中踏切もあつたのにこれも無事通過して第一号国道に出で、右折して更に西進をつづけ、原判示一の日時、場所にさしかかつたこと、(5)該国道に出る前後ごろ前照燈を点燈し、また、国道に出てからの時速は約四〇粁で、大体道路中央線に沿つて進行していたが、たまたま本件事故現場にさしかかる二、三秒以前に、照射方向の切換装置の位置がわからず伊藤に尋ねたところ、同人から「足で操作する」旨いわれたので、瞬時視線を自己の足もとに馳せ探がしたけれども、古新聞紙があつてさえぎられ、これを確認できなかつたこと、(6)その直後、自己車両右前方で「ガチン」という物音を耳にし、かつ、右前部バツクミラーが支柱のみを残して紛失していることに気付いたが、何ら急制動の措置もとらず、ハンドルの操作もしないでそのまま直進し、数百米距つた同市西間内なる信号機の設置されている交差点にいたり、同所で右折すべく一時停止中、前記のとおり後続車両の運転者五網文司に本件事故の現行犯人として逮捕せられたこと、(7)その間被告人車両の定員三名の運転および助手席に同乗していた伊藤、鈴木の両名において、酔余こもごも更に同両名の中間に座していた築地陽子の腰や胸などに手をふれるなど悪ふざけをし、同女がその手を払いのけたりしてさわいでいたため、これに幾分注意をそらされていたこと等の各事実が認められる。そして、右のような諸情況に併せて、原判決の挙示する証拠のうち、特に信用性がある実況見分調書二通のほか、前記五網文司の司法警察員に対する供述調書、被害者水口一雄の検察官に対する供述調書、あるいはたまたま対向進行中、本件事故のため倒れかかつた被害車両をはねとばす結果となつた自動車の運転者松陰弘一の司法巡査に対する供述調書を彼此総合すれば、(8)被害者水口は、当時自動二輪車に乗つて東方から西方に向け第一号国道上を進行し、本件事故現場にいたつて右折すべく、道路中央線直近の左側で、車体を西向きのまま中央線にほぼ並行させ、両足を路面に着け、ハンドルをやや右向きにして、折から西方より対向進行して来る松陰弘一の運転する自動車の通過を待つため一時停止中であつたが、これより前、約二〇米手前(東方)から方向指示器により右折の合図をしており、もちろん前照燈も点燈していたにもかかわらず、一時停止後間もなく、後方から西進して来た被告人車両に「ガーン」と追突され、その勢いで自動二輪車もろとも斜め右につんのめるように中央線右側部分に押し出されて右側に倒れかかり、その際該二輪車のステツプ個所に松陰の運転する対向車の右前バンバーが激突し、その反動で水口は二輪車から放り出され、道路中央線直近の右側路上に転倒負傷し、二輪車は、そのまま松陰の車両に引きずられて、ようやく約二五米前方で停止し、後車輪のリームが曲り、荷台やチエインケース、前照燈等を破壊され、とうてい使用不能の状態になつたこと、(9)他方松陰としては、当時マツダライトバン自動車を運転して第一号国道上を東進中であつたが、約五米前方に乗用車が走り、西進する対向車両も多かつたので、道路中央線より左側約二米距つたところを時速約五〇粁で左寄りに走り本件事故現場にさしかかつた際、突然右側から進路前面に倒れ込んで来る二輪車を発見し、危いと思つたもののすでに急プレーキをふむ暇もなく、これを右前バンバーではねとばし、十余米進んでようやく停車したけれども、該二輪車がどうなつて進路に入つて来たかその状況は見なかつたこと、(10)また、五網は、自動車を運転して第一号国道上を西進中、約五〇米前方を被告人車両が左側中央線寄りに時速四、五〇粁で西進していたので、約一粁の距離を同じように追従して走つたが、同車両が右左にふらふら走るので、危いと思い約五〇米の間隔を保つていたところ、そのうち本件事故現場にさしかかつた際、道路の中央辺に単車に乗つた水口が停つた直後ごろに、被告人車両の運転台の右前部付近でその単車の後部に追突し、単車はそれまでと反対の東向きになり、折から対向して来た松陰の車両の正面により該単車がはねられるのを目撃し、これは大変な事故になると思つたので、そのまま停らずに逃げる被告人を追いかけ逮捕したことが認められる。以上認定にかかる客観的諸情況に照らして考察するとき、被告人は、前認定のように「ガチン」という物音を耳にした直後、自己車両右前部のバツクミラーが支柱を残して紛失していることに気付いた際、それよりも当然高いか等位置にあつて、追突の衝撃により右斜めに倒れかかつた被害者水口の頭部その他の部位(姿態)を、一瞬時ではあつても確かに目撃し得たはずであり、あるいは右追突時に発せられた衝撃音にしても、昭和四〇年一〇月一八日付実況見分調書により明らかな被告人車両の損傷の程度から推測して、かなり大きな金属性の音響であつたと思われるのみならず、これに相連続して発せられた水口の車両と松陰の車両との激突音およびこれにつづく水口の車両が舖装路上を引きずられて生じた音は、これまた右に優るとも劣らぬ一大金属性音響であつたことが十分想像せられるところであるから、よしんば前記のように、平素の酒量を超えて飲酒したため、かなり酩酊していたとしても、事故現場までとにかく不慣れの本件自動車を操縦し、しかも相当の距離を相当の高速をもつて走行して来た被告人の注意力によれば、該後発大音響を、これまた一瞬時ではあつても、たやすく聞き逃がすとは思われず、いわんや折から、道路中央線よりも約二米距てて対向進行して来た松陰の車両に接触したなどというにいたつては、全く筋の通らぬ話である。要するに所論のように、「被告人は、対向車に軽く接触して自己車両のバツクミラーのみが損壊したに過ぎないと思つた」と解することはとうていできない。そしてこの点、被告人について本件犯行後一時間余を経過して測定されたそのアルコール身体保有量が、なお呼気一リツトルにつき〇・五〇ミリグラム以上であつた事実のごときも、何ら右判断の妨げとなるものではない。(酒酔い、酒気帯び鑑識カード中には、更に当時の被告人の言動についての記載として、言語「しどろもどろ」、歩行能力「ふらつく」、直立能力「左右にゆれる」、酒臭、「強い」などが見られるけれども、その反面、態度「普通」とあり、また問答欄にも、当日の飲酒量を故意に真実より少く「ビール一本」と詐つて答えているほかは、氏名、年令、住所、職業その他につき概ね正確に答弁していることによつても明らかであろう。)果してしからば、本件犯行当時における被告人は、少くとも自らひき起した原判示第一の一の追突事故により、被害者水口に傷害を負わしめたかもしれないという事実の認識を抱いたに相違ないものと認めるべきであり、恐らく原判決も、これと同趣旨の見解に立脚して、その挙示する証拠により原判示第一の二の事実を認定し、かつこれに相当法条を適用したものと考えられ、まことに正当であるから、所論の主張するような違法は毫も認められず、論旨は採用に値しない。

(関谷 内田 小林宣)

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